自分が毎瞬毎瞬抱く思考を改めて見つめてみると、いかに多くのネガティブな思考を宇宙空間に向かって放っているのか気づき、驚きます。そして同時に恐ろしくなります。自分が放った思考が様々な事象を引き寄せ、現実を創っているからです。
たとえボーっと外を眺めている時間であっても、待ちゆく人々をただ見つめているだけの時でも、自分がどれほどのジャッジ(判断)を行い、好きか嫌いかで対象物を評価し、個人的な価値観にそぐわない現実を非難しているか。少し客観的になってみただけでも、驚くほど膨大な頻度で、自然に行っていることに気づくはずです。
今の文明社会は、批判精神がベースになっています。物心ついた時から、ルールや価値観に縛られて物事を判断する精神構造が自然に出来上がっていくのが普通です。多くは、その状態を疑うことすらしません。
特定の価値観に基づいた見方をし続けている限り、その対象物をジャッジする作業からは逃れられないので、ネガティブなエネルギーを自ら作り出す無限ループからも逃れることができません。ジャッジをするということは、「良い」か「悪い」かを選ぶ作業だからです。必然的に、「悪い」、つまり自分の抱く価値観にそぐわないと評価した対象物に対しては、悪しき感情や思考を抱くことになります。
けれど人はなかなか自分自身の内側に目を向けようとしません。物事の原因は、外にあると思いたいからです。自分が直面している現実、自分が受け入れられないでいる状況、悩み、苦しみの大元の発生源が自分であるなんて、認めたくないものです。認めたくないので、自分の内側を見ようとせず、外ばかりに目を向け、他人を責め、環境を責め、社会を責めます。
自分がいかに特定の価値観や信念に縛られて生きているか、客観的に知る方法があります。それは、自分が見る夢に注意を向けることです。夢というのは、その人の内面世界を視覚的に見せてくれる世界です。例えば、仕事でストレスを抱えていたり、締め切りに追われているような状況の時、誰かに追いかけられる夢を見たりすることがあります。また、自分の意思を犠牲にして他人に迎合しているような人が、手足を縛られ動けずにもがいている悪夢にうなされたりします。
私はかつて、もうとっくの昔に卒業している学校で、その当時私に辛くあたっていた先生に向かって、大人になった自分が罵詈雑言を浴びせている夢を見たことがあります。その夢を見るまで、自分はその先生のことをすっかり忘れられたと思っていたのですが、実は本当に赦すことはできていなかったのだということを知りました。
普段、夢というのはあまり意識しないものかもしれません。朝起きると何となくぼんやりとは覚えているのだけれど、そのままいつの間にか忘れていき、2、3日もたてば大抵の夢の内容などすっかり記憶から消えていくでしょう。
けれど、一度自分が見る夢に注意を向けるようになると、不思議なことに、夢の記憶がだんだん鮮明になっていきます。自分が昨日見た夢の内容が、今までよりも明確な残像で、自分に訴えかけてくるようになります。そして、その夢からのメッセージに気づけるようになります。夢が、私が抱えている心のお荷物の存在を教えてくれるのです。どんな価値観や信念に縛られているのかということに、気づかせてくれます。
そして、夢が教えてくれた”縛り”に気づき、それを解放しようと心に決め、お掃除を繰り返していくと、だんだん見る夢の内容が変わっていきます。それは、自分の放つ思考が変わっていく過程とリンクしています。悪夢を見る回数が減っていき、夢がますますメッセージ性を帯びるようになってきます。
フラワーエッセンスにも、いくつか夢見を助けてくれるものがありますので、夢のワークに挑戦してみたい方は、そんなエッセンスの力を借りてみるのも良いかもしれません。