聖ヒルデガルト

 今から800年以上も前、ドイツ(当時は神聖ローマ帝国内)の修道女であったヒルデガルトという人は、神から与えられたとする聖なる預言をいくつかの書物にまとめました。預言というのは、高次の存在からの情報です。預言を受ける人の心の状態、意識の高さ、いかに自我意識から己を切り離せているか、によって、受け取る預言の質と正確性が変わってきます。

 古から人類に多大な恩恵を与えてきた数々の預言の書は、より純粋な媒体を通して伝えられ、その質の高さとメッセージの正確さをもって、時代を超えて現代にまで残されている情報といえます。

 

 ヒルデガルトの時代、修道院は祈りと学びの場であると同時に、病人を治療する病院のような役目も果たしていました。当時は、薬といえば主に植物の成分など、自然界に存在する物質から作られていました。ヒルデガルトも膨大な植物学の知識を活かして、庶民から王侯貴族まで多くの人々の心と体の病を癒したといいます。彼女の残した預言の書の1つ、『病因と治療』には、宇宙の成り立ちから人体の構造、病気の原因とその治療方法まで、明快な論理性に基づく具体的な説明が、詳細に記されています。

 

 地動説が出てくる時代より遥かに昔の、自然科学の考えが未発達であった中世のあの時代に、理路整然と宇宙と生命の仕組みを解釈することは、個人の力では到底困難だったのではないかと推察します。やはり、ヒルデガルト自身が述べているように、「神の命ずるところに従って」与えられた知識であると思わざるを得ません。

 

 ヒルデガルトによると、この世界は、4つの元素から成り立っているといいます。それは、「火・空気・水・土」のことで、これら4つの元素は互いに絡み合い、結合し合って一体であるとしています。また、植物を始めとする自然界の生物を「温・冷・湿・乾」の性質に分類したり、人体は4種類の体液から構成されるなど、東洋の陰陽五行やアーユルヴェーダの考えとも共通する部分があります。

 

 また、人体と月との関係性において、ヒルデガルトは次のように述べています。

 

「月が満月に向かって大きくなる時に、人の血は増加し、月が小さくなる時に、人の血は減少する」

 

 その理論は、植物にも同様のようです。

 

「根から葉を生じる木もまた月の満ち欠けに伴い、その樹液を増減させている。月の満ちてゆく時期に伐採すると、木の中には樹液や湿が残っているため、虫や腐敗によって木が消耗する率は、月が欠けてゆく時期に伐採したものに比べると、高くなる。月が欠けてゆく時期に伐採すると、月が満ちてゆく時期に比べて、樹液がやや減少しており、木はより堅くなっている。堅くなった木の中では、月が満ちてゆく時期に比べて虫が育ちにくく、木の腐敗によって受ける損害も、月が満ちてゆく時期に比べれば少ない」

 

「よいハーブとは、月が満ちてゆく時の、薬効が高まった時期に採取したものをいう。この時期のハーブは、月が欠けてゆく時に摘んだものと比べると、舐剤や軟膏などを含め、あらゆる薬用に適している」

 

 昔から、満月の夜にハーブを採取するハーバリスト達は数多くいました。満月の夜にハーブの薬効が最も高まると考えられていたからです。そのため、魔女は満月の夜に集会を開くというイメージが持たれたとも言われています。

 女性の月経周期が月の満ち欠けの周期と連動していたり、満月の日には出産の数が増えるなど、人体と月との関連性は昔から言われ続けてきました。ヒルデガルトの唱える説とも重なります。

 

 

 「痛風」の説明の部分では、「人が種々雑多な食べ物を食べると、有害な体液が過剰になってあふれ出し、抑制が効かなくなって体中を過剰に流れ、ついには下半身に降りていき、脚と足を侵すようになる。この体液は、本来あるべき上半身に昇ることができずに降りてきたものである。この体液は下半身に留まってリヴォル(毒素)へと変化し、硬くなる。こうして脚と足は痛風を病むようになり、その痛みによって、歩行は困難になる」

 と書かれてあります。そしてなぜ女性は男性と比べてこの病気になりにくいかというと、女性はたとえ暴飲暴食をして有害な体液が増加したとしても、「月経によってこうした体液を排出している」ために、痛風には罹りにくいのだそうです。実際現代医学の説によると、女性が痛風になりにくいのは女性ホルモンが尿酸を腎臓から排出するのを促しているからなのだそうで、ヒルデガルトの記述と何となくリンクします。

 これ以外にも、女性は月経があることで、様々な有害な物質を体外に排出しており、そのことで体のバランスが保たれている、という説明が何度も出てきます。女性にとって月経とは浄化でもあるとのことです。

 

 

 宇宙誕生の話や人体の仕組みと病気のメカニズムなど、ヒルデガルトの預言は壮大で深淵です。時として説明が難解だったり、果たしてそれは本当なのだろうかとつい疑問符がついてしまうような記述も出てきますが、800年以上の時を経てもまだ色褪せない普遍的なテーマや、現代にも役立つ実践的な知識がちりばめられています。それと同時に、ヒルデガルトという人の、この世の真理に向き合う真摯な姿勢と、神への献身が伝わってきます。

 

参考文献:『聖ヒルデガルトの病因と治療』ポット出版、ヒルデガルト・フォン・ビンゲン著