フラワーエッセンスには、「豊かさ」をテーマにしたものがいくつもあります。様々なメーカーから出ていて、中には知る人ぞ知る有名エッセンスとなっているものもあります。
それぞれ特徴はありますが、私の感覚としては、「豊かさ」をテーマにしたエッセンスを飲んでいると、”欠乏感”や”足りていない”という感覚が確かに薄らいでいくようです。満ち足りている感覚が得られるので、結果、思いがけない現金収入があったり、人から贈り物をもらう機会が増えたり、仕事が見つかったり、豊かさに結びつく出会いがあったりと、現実的な豊かさに結びついていくことが起こりやすくなります。
また、飲んでいるうちに、「豊かである」という感覚が得られなていないのはなぜなのか、自分の中に潜んでいる豊かさの妨げとなっているブロックにたどり着く場合もあります。自分がどこかで”満たされていない”と感じていたり、”欠けている””足りていない”という思いが常にあったり、もしくは、”自分は豊かさを手に入れる資格がない””豊かになるためには何かを失わなければいけない””豊かさを求めることは卑しいことである”といった定義づけを無意識に行っていることもあります。
いずれにしても、大元に潜んでいるこうした元凶にたどり着かないうちは、エッセンスを飲んで一時的に欠乏感がなくなったとしても、飲み終わってエッセンスの効果が薄れ始めると、結局また元の状態に戻ってしまいます。問題の表面だけにしか向き合っておらず、自分を豊かさから遠ざけている根本原因が未解決のままだからです。
「豊かさ」をテーマにしたエッセンスに限らず、どのテーマのエッセンスを飲んでも、結局は自分の内側に深く入って心を見つめる作業を怠っているうちは、エッセンスの効力も表面上にしか効かないような気がします。そして、エッセンスのパワーがなくなってしばらくすると、再び似たような問題が浮上し、過去と同じパターンを繰り返すのです。
悪しきパターンのサイクルから抜け出したかったら、エッセンスにどうにかしてもらおう、という依存的な考えではなくて、エッセンスの力を借りて私の心の奥にある元凶を探り当て、それを手放そう、という心持ちで挑む方が結果的に早く解決に導かれます。病気になった時、痛み止めを飲んで一時的に楽になったとしても、病気の大元が癒されない限りは同じ症状が繰り返しやってくるのと同じです。
痛みは悪ではなく、病気の存在に気づかせるアラームのようなものです。それと同じように、現実生活の中で浮上している”問題”は、自分の奥底に眠っている不必要な縛りの存在に気づかせるために起こっているものだったりします。”問題”に真摯に向き合っていくと、自分の心に潜んでいる信念や執着、固定観念の存在に気づいていきます。今現象として起こっている問題に対して、私の何が抵抗しているのか。何を手放せば、私はこの現象を”問題”として見なくなるだろうか。今は不愉快でしかないこの出来事を、ただ起こっている現象として中立的に眺め、あるがまま受け入れるためには、私に何が必要なのだろうか。
エッセンスを飲んでいると、そうした気づきに導かれやすくなりますし、手放しも楽に行えるようになります。ただ、結局自分の意思の力と決断によって、心のお荷物を捨てる覚悟がないうちは、表面的な現象に一喜一憂したり、何かに頼ってうまくいかないことをそれのせいにしたりと、同じ場所を行ったり来たり、成長がないままのような気がします。苦しみの原因は外側ではなく、自分の内側にあります。そして、そこに取り組めるのは、自分しかいません。他の誰か(何か)が代わりにお荷物を取り去ってくれることなんて、絶対にないのです。