見せかけよりも中身

 今から10年以上前ですが、ある文献を読んでいたらとても印象深い一文に出会い、しばらくじっと考え込んでしまったことがありました。それは確か次のような内容でした。

 

”人よりも優れた文を書いたり、優れたものを造ったり、優れたアイディアを持っていれば、たとえその人がどんなに人里離れた森の奥に住んでいても、そこに辿り着くまでの道が造られ、人々がその人のもとにやってくるだろう”

 

 私の心の中にスーッと入っていき、なんとなく気持ちが楽になりました。今でも時々この言葉を思い出しては、勇気づけられています。

 

 この言葉を聞いて思い浮かべる、あるパン屋さんがあります。それは、私の故郷福島にある小さなパン屋さんです。そのお店は周りに何もなく(あるのは畑や森ばかり)人通りが少ない、田舎の中の田舎といっても良い場所にあり、最初に偶然前を通りかかった私の父は、「なんでわざわざこのような寂しい場所に店を構えるのか」と疑問に思ったそうです。通常お店を出す場合、なるべく人の目につく場所を選ぶものです。

 しばらくしてから、父は知り合いからそのパン屋のうわさを耳にしたそうです。「とても辺鄙な場所にある、とてもおいしいパン屋がある」と。あのパン屋のことか!と思い、今度は前を通りかかった時にお店の中に入り、パンを買ってみました。私はその時まだ子どもでしたが、父がお土産で買ってきてくれたそのパンを、なんて美味しいんだろうと感動したのを覚えています。

 このお店は、美味しいという噂が口コミでどんどん広がり、何の宣伝もしていないのに、遠くから人が次々と集まってくるようになりました。初めは駐車場すらなかったそうなのですが、人が集まるにつれ駐車場が造られ、そのうちなんと近隣の道までも整備され始めたそうです。今ではすっかり地元の有名店になっています。

 

 まさに、私が読んだあの文章そのもののお店です。職人さんがパンの作り方一つ一つにこだわりを持ち、素材にも気を遣っているということを最近知りました。

 

 他よりも美味しいもの、他よりも美しいもの、他よりも感動するものを造っていれば、人はどこかでそれを聞きつけ、遠くからでもやってくるものなのだなあと思います。それを考えれば、下手に宣伝ばかりに力を注ぎ、自分を良く見せることに時間とお金をかける必要はないのかもしれません。それよりはまず自分自身の中身を磨き、他より秀でた技術を身に着けることが先決であって、そしてそういう努力をしていれば、宣伝にさほど頭を悩まさずとも自然に人は集まってくるのだろうと思います。